2020年05月24日

トレイン・ミッション



今年の4月11日の土曜プレミアムで放送されたこの映画を録画しておいて見た。

元刑事のマイケルは今は保険のセールスマンとして働いている。
職場へは毎日電車で通勤していた。
ある日、いつものように会社に行くと上司から突然解雇を言い渡される。
失意のまま家に帰るために電車に乗るとジョアンナと名乗る女から声をかけられる。
女はこの電車が終点に着くまでにある人物を探し出せと言ってきた。
その人物のカバンにGPSを取り付ければ報酬として10万ドルを渡すとのこと。
最初は適当にあしらっていたマイケルだったが、
女に言われた場所から前金の2万5千ドルを発見する。
それを持って電車を降りようとするがホームで待っていた黒人の少年に阻まれ結婚指輪を渡される。
家族が人質に取られたことを察したマイケルは渋々電車の中で見知らぬ人物を探し始めた。
その裏には大きな陰謀がうごめいているようだった・・・

2018年の作品である。
当時テレビでこの映画のCMが流れていたのを覚えている。
少しは関心があったのだがどうせ今のハリウッドでは大したこと無いはずと思って観に行かなかった。
今回見た感想としては結構面白かったというのが正直なところだ。
映像としても劇場ならかなり迫力があったと思う。
でも金を払って見るほどかとなると・・・

主演のリーアムニーソンはこの手の巻き込まれ系のアクションにはハマリまくってるな。
あの黄昏た雰囲気が見事にマッチしている。
元刑事としてのポテンシャルを感じさせつつも普通のサラリーマンが何とか頑張ってギリギリのところで生き残ってる感じが実にうまい。

ただまぁ国家規模の陰謀を感じさせつつもその実態がほとんど明かされないのはどうかと・・・
すべてが最初から仕組まれていてかなり追い詰められたところから徐々に反撃していくのだが、
結局あまりスッキリとオチがつかないまま思わせぶりな感じで終わってしまった。

今時の作品にしては面白かった。
他のいろんな作品で見たことがあるようなシーンも結構あるのだが、
ネタ切れの今となっては致し方なかろう。
テレビで見るのにちょうどいい作品だ。

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posted by ひ辻 at 04:58| Comment(0) | テレビ洋画レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月26日

マネー・ショート 華麗なる大逆転



今年の2月2日の深夜にメーテレで放送されたこの映画を録画しておいて見た。

金融トレーダーのマイケルは高い格付けの金融商品であるCDO(不動産抵当証券)の中に、
返済される可能性の低い住宅ローンいわゆるサブプライムローンが含まれていることを発見する。
それを利用してひと儲けできると考えた彼は、
それが不良債権化した場合に多額の保険金が支払われる新たな金融商品のCDSを提案し銀行と契約した。
マイケルのその動きを察知した銀行家のジャレットはヘッジファンドのマネージャーのマークにCDSの話を持ち込む。
マークとその仲間たちはサブプライムローンについて調査を開始する。
調査の中で銀行が目先の売り上げのために低所得層に到底返済できないような貸付を行っている実態を知る。
銀行やそれを監視するはずの行政に対して怒りを感じつつもマークたちもCDSを購入することを決定するのだった。

2015年の作品である。
いわゆるリーマンショックの原因についてを描いている。
2004年から2006年にかけて住宅価格が上昇し住宅ローン債権が高利回りの金融商品として脚光を浴びていた頃である。
低所得者に次々に住宅を売りつけてはローンを組ませる。
返済などできるはずも無いのにである。
そんな住宅を借りて住んでいる人たちはたまったものではない。
関わっている連中の無責任さにひたすらあきれ返るばかりだった。

リーマンショックというのはしつこいくらいに当時に耳にしていても、
実際のところどういうことだったのかはよく知らなかった。
この映画はその仕組みをかなりわかりやすく説明してくれている。
見せ方としてイマイチな部分も少しあるが話としてはよくわかった。

日本も昔にバブル経済崩壊というのがあったが、
当時バブルに踊っていたのは都心部の金持ちだけで、
地方の大多数の国民は蚊帳の外でほとんど関係がなかった。
でもこれはアメリカの格差社会を象徴するような構造で、
多額の税金が補填のために投入されただけではなく多くの人が破産して家を失った。
社会的な弱者は常に強者に利用されて搾り取られて行く。
日本なら振り込め詐欺グループとかがやっているようなことを、
アメリカでは銀行がやってそれに政府がお墨付きを与えてるんだからもの凄くタチが悪い。

経済映画ではあるがコメディ調になっているので堅苦しくなくてとても見やすかった。
ただまぁ個人的に投機的なものに全く関心が無いのでピンと来ない感じもあったかな。
こんな無理なギャンブルをしなくたって俺みたいな底辺でも昨年は家を建て替えたし、
今年はスポーツカーでも買おうと思っている。
普通に働いてコツコツと蓄えていくのが一番だわ。

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2020年04月13日

ヒューゴの不思議な発明



2月21日の深夜にメーテレで放送されたこの映画を録画しておいてから見た。

1930年代のフランス、パリ。
火事で父親を亡くし孤児として駅の時計台に隠れて暮らす少年ヒューゴ。
父親が遺した壊れた機械人形とその修復を示した手帳を心のよりどころにしていた。
駅の中を縦横無尽に動き回り食べ物はカフェからパンと牛乳を盗んだりしていた。
ある日、機械人形を修理する部品を玩具屋から盗もうとした時に店主のジョルジュに捕まってしまう。
手帳を取り上げられてしまうがその中身を見たジョルジュはとても驚きヒューゴを追い返そうとする。
ヒューゴは手帳を返してくれるように懇願するが脅迫まがいのことまで言われてしまう。
店が閉まるのを待ってジョルジュを尾行したヒューゴは彼の家で養女のイザベルという少女と出会う。
ヒューゴの話に興味を持ったイザベルは手帳を取り戻す手伝いをしてくれるという。
再びジョルジュの店を訪れたヒューゴは壊れた玩具を直してみせる。
ヒューゴの技術を認めたジョルジュはしばらく店で働けば手帳を返してやると約束する。
機械人形の修理はほぼ完成していたのだがゼンマイを巻くためのハート型の鍵だけが無かった。
ところがイザベルがその鍵をペンダントにしているのを見つけた。
その鍵を使って人形を動かすとその人形はペンを片手に絵を描き始めた。
描き終わったその絵のサインにはジョルジュの名前が懸かれていたのだった・・・

2011年の作品でマーティン・スコセッシ監督の初の3D映画だそうな。
スコセッシと言えばマフィアとかギャングのイメージだったので、
一体どんな感じの作品になっているのだろうと興味を持った。

孤児だからといって盗みが正当化されるわけではないけれども、
小学生程度の年齢の子供に対して周囲の大人の厳しいこと・・・
その大人もいろんな事情を抱えていてそれがために心が凍り付いてしまっている描写もある。
ただそれを考慮してもあまりにも意地が悪い。
なので最終的には打ち解けるのだが見ている方としては受け入れ難い感じもした。

孤児の少年が様々な苦難の中でも何とか生き延びようとしている中で、
人間らしさを失ってしまっていた大人たちが心を取り戻すという感じの話になっている。
でもこの映画が真に見せようとしていたのは映画というものの面白さや素晴らしさのように思えた。

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2020年03月09日

グッバイ、サマー



2019年8月17日の深夜に東海テレビで放送されたこの映画を録画しておいて見た。

フランス。
14歳のダニエルは画家を目指しているが悩み多き少年でもあった。
女子のような容姿でいつもクラスメートからミクロとからかわれていた。
恋するローラにもまるで相手にされない。
母親は過干渉で兄はイカれたパンク野郎で毎日にうんざりしていた。
そんなある日、テオという転校生がやってきた。
改造したおかしな自転車を乗り回しガソリンの匂いを漂わせていた。
周囲から浮いた存在同士のふたりはいつしか意気投合する。
学校や家庭という自分たちを縛り付けるものにうんざりしていたふたりは、
自分たちで車を作って夏休みに旅に出るのだった。

2015年の作品である。
人数は少ないが要するにスタンドバイミーのフランス版のようなものである。
ただまぁ前置きが結構長くていつになったら旅に出るのだろうと思ってしまった。

この手の作品によくあるパターンを踏襲している。
クラスにうまくとけ込めない子が同じような子と親友になる。
そしてふたりだけの世界を構築していく。
いろいろと無理のあるシーンも多々あったがうまくまとまっていた。

多感な少年時代はその時はもの凄く長く感じるが、
今思えばほんの一瞬のあっという間の出来事に過ぎない。
その僅かな間にいろんなことを考えて悩んだり苦しんだり・・・
でもその時にどう過ごしたかでその後の人生にも大きく影響してくるんだろうな。
俺なんていまだに少年時代が続いている困ったおっさんだわ・・・

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2020年01月03日

男はつらいよ お帰り 寅さん

1月1日にイオンシネマ津南でこの映画を見ました。
16:50の回でしたが10数組くらいの客入りでした。

会社勤めをやめて小説家として活躍している満男。
6年前に妻に先立たれ高校生の娘とふたりで暮らしている。
亡妻の七回忌の法要のために久しぶりに柴又へ訪れる。
おいちゃんとおばちゃんが営んでいた団子屋は今はカフェへと変わっていた。
父の博と母のさくらや妻の父親などが集まり、
法事の後は昔話に花を咲かせて伯父の寅次郎のことに思いをめぐらせる。
そんなある日、書店でサイン会を行っているところに初恋の相手である泉が現れた。
彼女は日本を離れヨーロッパで結婚して今は国連の職員として働いていた。
満男は泉を寅さんの恋人であるリリーが経営するジャズ喫茶に連れて行く。
そして泉はくるまやの2階、寅さんの部屋に泊まるのだった。

50作目ということになっていますが実際には49作目ですよね。
子供の頃からテレビでずっと見てきて、
ちょうど寅さんと満男の両主役みたいな感じになったくらいの頃に劇場で見るようになりました。
渥美さんが亡くなってからもう24年ですよ・・・

満男も泉ちゃんもどちらも出世しているのは結構なことなんですが、
あまりにも飛躍し過ぎではなかろうかと。
小説家なんてこれまでの作品で全くそれらしい伏線のようなものもありませんし、
そんな素養があるような描写も無かったと思うので唐突な印象はぬぐえません。
国連も何だか取ってつけたようなそれありきのネタという感じがしました。
それに48作目の流れからするとふたりはあのまま結ばれているはずだと思うのです。
満男は「いろいろあって・・・」みたいな感じではぐらかしてしまって、
結局最後までなせ別れることになってしまったのかは明かされずじまいでした。
ふたりとも充実した人生を送っているように見えますが、
本当にそれで幸せなのかとなると・・・

タイトルがお帰り寅さんなので一応柴又に帰ってくる設定にするのかと思っていたのですが、
生きている設定になってはいるようですが帰ってはきませんでした。
くるまやの2階は寅さんがいつ帰って来てもいいようにしてあるとのことで、
その口振りからは相当な長期間帰ってきていないように感じました。
もしかして48作目以降は帰ってきていないということなんでしょうか?
一応は今でも時々は帰ってきている設定にしてもらいたかったですね。
結局タイトルは満男の次回作のタイトルのことという・・・

本来は49作目で満男と泉が結婚して50作目で寅さんが亡くなるはずだったんですよね。
それを知っているだけに何だか今回の話がとても歯がゆいと言うかモヤモヤすると言うか・・・
もうちょっと何とかしてあげてもらいたかったと言うのが正直なところです。
それと新しく撮影した現在の話と過去の名場面とほぼ半々くらいの構成です。
さすがに昔の寅さんは面白いですよ。
それに引き換え今の話は嫌な場面も多くて・・・
こういう話が今の山田監督の心境なんですかね。
もっと喜劇に徹してもらいたかったです。
最後の場面はニューシネマパラダイスのオマージュですよね。

第1作目が公開された年に私は生まれました。
なので私は満男と同い年です。
寅さんとともに育ちました。
大好きなシリーズなので今でもテレビでやっていると見てしまいます。
今見ても全く色あせませんね。
今後も末永く見続けます。

採点:☆☆

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